オレの余剰次元

言いたいことも言えないこんな4次元じゃ

公開日
2022年5月7日
更新日
2022年5月19日

自然数の体系の一意性

対象
大学2.0年
前提知識
集合の基礎
写像
全単射

自然数の体系は本質的に一つ……とは?

ペアノの公理系について再確認しましょう.

定義

自然数の体系

集合 と, と,写像 が以下を満たすとき,自然数の体系と呼ぶ.

  1. が以下を満たすとき,

ペアノの公理系を満たしさえすれば,様々なものが自然数の体系になりえます.自然数の体系というと,次のような 最初の自然数から始まる一本の反直線のイメージがあると思います:

となると,左端の を除いた次も,自然数の体系と構造的には同じと考えるでしょう:

実際,ある自然数の体系 に対し, とすると, もペアノの公理系を満たすので自然数の体系です.

モノとしてはたくさんの自然数の体系がある中で,本質的には一つしかありません.これを自然数の体系の一意性と呼びましょう.

「本質的に一つしかない」ことの意味を説明するのは難しいのですが,ざっくり言うと,二つの自然数の体系 が与えられたとき,それらは見た目は違っていても,もっている性質がまったく同じということです.だから, で成り立つ性質は当然 でも成り立つし,逆に では成り立たない性質は, でも成り立ちません.例えば で加法を定義すると ,すなわち が成り立ちます. において同様に加法を定義すると が成り立ちます. は, をそれぞれ に置き換えただけの等式なので,見た目は違いますが同じ性質といえます.ただ,ペアノの公理系に基づいて証明されたものなので,同じ性質が成り立つのは当たり前と言えば当たり前です.

ペアノの公理が欠けていると……

を相異なる記号とします. とし,写像 で定義すると, は (P1) 以外をすべて満たします.これを仮に自然数の体系もどきと呼ぶことにします.次に, とし,写像 で定義すると, も自然数の体系もどきです. は同じ公理を満たしますが,異なる性質を持っています.例えば, においては が成り立ちますが, においては ゆえに です.もし自然数の体系もどきが本質的に一つなら, において に, に置き換えたものがそのまま成り立っていてくれそうですが,実際そうはなっていませんでした.自然数の体系もどきは,本質的に一つではないからです.ペアノの公理系(P1) が欠けると一意性を失うのです.

ちなみに はペアノの公理系 (P2) (P3) から証明されたわけではないので, 独自の性質です.独自ゆえに他の自然数の体系もどき では成り立たないことがあるのです.

独自の性質が一般の性質に!

もし, が真の自然数の体系ならば, において独自に証明された性質は,自然数の体系の一意性より,他の自然数の体系 でも成り立つことが直ちに証明できます.独自だと思っていた性質が一般的な性質になるのです.これが一意性のパワーです.

具体例を挙げましょう.前ページで,一般の自然数の体系 における整列性を証明しましたが,一旦そのような性質はなかったものとしてください.

自然数の体系として,無限公理を出発として定義する がありました.この体系においては, と同値になります.足立恒雄氏の『数 体系と歴史』では,この性質を利用し 整列性を簡潔に証明しています.通常の自然数の体系 では, に対し は成り立たないので,『数 体系と歴史』の整列性による証明は, においてはトレースできません.ですので,そのようにして得られた整列性は の独自の性質に見えます.しかし,自然数の体系の一意性より, で独自に証明した整列性はほぼ自動的 でも成り立つのです.

一体どうやればそのような芸当ができるのかを説明しましょう.

翻訳機「同型写像」を考える

整列性の例と同様に,自然数の一意性なるものによって, における等式

から, における等式 が直ちに求まることになります.それには, の世界の文を の世界の文に書き換える翻訳機が必要です.それは写像 で実現できます.どんな写像かというと, において, で定義し, において, で繰り返し写して得られる自然数を順に で定義するとき, を満たすような写像 が望ましいですね.ただこのように を用いるような定義では,すべての に対する を定義したことにはなりません.そこで再帰性定理の出番ですが,写像の 回合成推しのこの文書ではそっち方面で進めてみます.

回写したものです.だから, に対しては, 回写したものを対応させる写像が最も自然です.つまり, として,写像 を定義するのです.すると例えば が成り立つので,さっきの要件を満たします.

定義

自然数の体系の同型写像

自然数の体系 に対し, で定まる写像 を, から への同型写像という.

同型写像を単に同型と呼ぶことがしばしばあります.

命題

同型写像の基本性質

同型 に対し,以下が成り立つ.

  1. ,すなわち
  2. は全単射.

証明

(1) . (2) 任意の に対し ゆえに

(3) の立場を入れ換えると,同型 が定義され,(1) (2) より が成り立つ.ここで とおいて,(恒等写像)を示す.まず, 次に, だから .ゆえに, は以下を満たす:

再帰性定理 より,(1) (2) を満たす写像 は一意的で, も (1) (2) を満たすので,,すなわち .同様にして も成り立つので, は全単射.

全単射を示す上で以下の補題を使用しました.

補題

写像 に対し以下は同値.

  1. は全単射.
  2. を満たす写像 が存在.

証明

とすればよい. 写像 を満たすとする. のとき, で写して だから は単射.任意に をとると, だから, は全射.

同型写像で翻訳しよう

同型の基本性質 を用いて翻訳をしてみましょう.例えば

と, がどんどん深く入り込んでゆき という翻訳が成り立ちます.同様に も成り立ちます.また,すぐに証明しますが,同型 は以下のような性質をもっています:

これで, の世界の和を の世界の和に翻訳できます. の世界における等式 の両辺を で写すと を得ます.同型 を用いて, で構成された の世界の等式を, に置き換えた の世界の等式に翻訳することができました.翻訳において鍵になった性質は二つあり,一つ目は といった, に置き換える性質です.これを一般化したものを証明しましょう.

命題

同型写像の基本性質2

証明

帰納法. より のとき成立. を仮定すると だから, のときも成立.

この補題で, という変形が認められます.

また,翻訳の鍵になった二つ目の性質は

という 加法性という性質です.加法性を用いると例えば, における加法の可換律 を用いて, における加法の可換律 が成り立つことも直ちに証明できます.実際,任意に をとると, は全単射よりある に対し では加法の可換律が成り立っているので で写して を得ます.これで の可換律が証明できました.同様に の結合律と同型を用いて の結合律を証明できます.

同型写像の加法性などを証明

を自然数の体系, を同型写像とします.当たり前ですが, の世界で生まれた写像の 回合成と, の世界で生まれた写像の 回合成は同じ概念です.一応証明します.

命題

冪乗は共通

をモノイドする. に対し

の世界での冪乗の定義より,

が成り立つことに注意してください.

証明

帰納法. を仮定すると, だから のときも成立.

命題

同型写像の基本性質 3

に対し以下が成り立つ:

証明

(1) 以下の通りである:

(2) ((1) と同様なので,ぜひ練習問題としてやってみるとよい.)

(3) のとき,ある に対し .両辺を で写すと,(1) より だから,

同型写像を利用して整列性を証明しよう

なんらかの方法で において整列性が証明できたとします.つまり, なる任意の に対し が存在するとします.

このとき, において整列性が同型を用いて簡潔に証明できます.まず, を任意にとります. は全単射だから の部分集合で空ではないので,最小元 が存在します.このとき, の最小元になっています.実際, の最小性より, が成り立ちます.よって,任意の に対し, が成り立ち,両辺を同型写像 で写せば をえるので, です.

一見,説明過多で複雑に見えるかもしれませんが,このような証明が非常に簡潔だと感じられるようであれば,同型の概念をマスターしているといえます.根本にある部分は簡潔だけど,いざ,証明として文章におこすと長ったらしく,複雑に見えるのです.